勇(3) 時間のものさし

 仕事の教科書の5月15日のページは、日本フィランソロピー協会顧問・トヨタ財団元専務理事の林雄二郎さんの「時間のものさし」という話だった。時間のものさしは無数にあり、そのものさしを使って物事を考えることが大切だということを友人から教えてもらったという内容である。

 現役で仕事をしていた頃は、計画を拠り所にして働いていた。概ね1年間を見通し、計画、実践、評価、改善ー計画という流れの繰り返しだ。自分が使っていたのは、1年間スケールのものさし、ほぼ1本だけだったと思う。

 時間のものさしを使って考えることは確かに大事だと思う。また同時に、人の一生よりも長い時間で考えることはできるのか、その時間のものさしの目盛は正確に作れるのか、この本のエピソードを読んでとても難しく感じた。

 

 仕事の教科書の話からは脱線。

 

 計測値には「誤差」があることを中学校で勉強した。だから何回か測ることや、平均をとることなどを教えられたと思う。時間のものさしは、測り直すことができるのか。

 自分が子供の頃、石油が底をつくという話があった。教科書に、地熱発電風力発電の話が載っていた。エネルギー危機の話は随分前からあり、原子力発電がそれを解決するはずだった。

 そして太陽光発電、家の屋根にソーラーパネルをつけないか、と営業が来たが断ったのもだいぶ昔のこと。取り付けなくて正解だった。木を切って山肌で太陽光発電をすることがECOなのか、最近疑問に思う人が多くなったように思う。

 

 現在、持続可能な開発目標・SDGsが大きく取り上げられ得ている。果たして、どんな時間のものさしで測ったのか、目盛りは正確なのか。そして人間はそれをうまく使えるのだろうか。時間のものさしで未来を測れるのか、過去や現在を測ったものさしで未来を設計できるのか。ああ、わからない。

 

 宇宙の誕生から今までの時間と地球に人類が誕生してからの時間と比べれば、スケールが違いすぎる。人間のすることは、宇宙がもっている時間のものさしでは「誤差」にすらならないのだろう。私たちはそんな時間のものさしの「誤差」の中で生きている。